2008年05月15日
a sparkler

幼い頃、夏休みになると必ず母に連れていかれる小さな島。
片道3時間ぐらい船に揺られると、またいつもの様に母は気分を悪くして洗面器に顔を埋めている。
港からバスに乗り30分程走ると小さな集落の入り口のバス停で降り、そこからは坂道を歩いて登っていく。
丘の上に立ち、周りは背の高い山々に囲まれ、何世代もの家族を守り続けた古い木造の家屋が母が育てられた家で、たまに自分らの様に里帰りする親族が寝泊まりするぐらいで空き屋だけど、清掃などの維持はしっかりされており滞在中はそこが自分の秘密基地だった。
トイレが母屋と離れた牛小屋の隣にあるのが少し面倒だったけど、普段見慣れない虫達、山から直接引いているという真夏でもよく冷えた甘い水道水、寝床を覆う蚊帳など子供の好奇心をくすぐる材料は至る所に散りばめられ、暇を持てあます事なんて考えられなかった。
いつものようにおばぁに渡されたよく冷えたサイダーをゆっくり飲みながら縁側に座っていると、何処からともなく沢山の足音が風に連れられて聞こえてくる。。
まだ黄昏時にも拘わらず顔を深紅色に染めた顔で「よく来たなぁ~、今度はゆっくりいるのかぁ?」っとおじぃは笑いながら頭を撫でてきた。
おばぁ達は捕れたての魚を捌きながら、所々剥がれた水色のタイルで装飾されたキッチンで今日起きた出来事やうわさ話に花を咲かしている。
夜もふけてくると更に皆は上機嫌になり、普段全く飲めない母親が手にした小さなコップにはビールが入っているのが判った。そして次々におじぃやおばぁ達が歌い出し、曲がった腰のまんまで立ち上がり踊り出すのを見ていてずっとこの時間が終わらなければ良いのにと幼いながらも願い続けていた。
朝、蝉の鳴き声と真っ直ぐな太陽の日差しに起こされると挨拶回りにでも行ったのか、母屋には誰の姿も見えない。
今日もサンダルを履き丘から真っ白なビーチまでの長い道のりの冒険がはじまる。
まずは振り回したり初めて見る昆虫を触ったりするために身長より少し短いぐらいの棒を探す。
集落の中は軽自動車がぎりぎり通れるぐらいの石畳の道が迷路の様に交差しているが、ビーチまでの道は一度で覚えていた。
曲がりくねった道を降りていく途中にお寺があり、境内では地元の子供達だろうか、ラジオ体操をふざけて笑いながら身体を動かし、体操が終わると皆スタンプカードみたいな紙を和尚さんに手渡して判子を押して貰っている。
次は生協が右手に現れるはずだ。いつもの様に一番安いビニールに入っている棒状のアイスを買おう。
生協のすぐしたには小さな小学校がありその横には川が流れている。
夏休みだからなのか、校庭には太く多い茂った木々の影が映し出され、子供の姿は見えず蝉の鳴き声だけが至る所から聞こえてくる。
あとはこの川沿いをずっと5キロ程歩いていけば海にたどり着く。
海が近くなると気がつけば駆け足になっていた。
変わらない真っ白なビーチは背の高い岩肌を露出した山に囲まれ、海水は何処までも透明で色とりどりの魚達がゆっくり泳いでいた。
そこで日が暮れるまで一人で遊び、またゆっくり来た道を戻って行く。
あぁ、あの時の景色とそっくりだ・・・・・・
数日前から都内から友人が貸し切りで遊びに来ていて、少々波風は強かったけれど新城海岸に泳ぎに来ていた。
風もなかなか止まないでいると、先に来ていた海水客が一人また一人とビーチから去っていく。
自分らだけの貸し切り状態になったときに、一人波打ち際で切り立った背後の山々をゆっくり見上げていた。
「あの日の夏休みと一緒だなぁ・・・・」
新城でリーフの地図が書けるぐらい泳ぎ回った後はお隣の吉野で最後のもう一本を泳ぎ、帰路につく。
手にするのは5年以上ぶりだろうか、友人が線香花火をコンビニエンスストアで買っていたのを持ち出して来た。
テラスに腰を下ろしそっと火を付ける。
満天の星空の下、儚い光の結晶sparklerは子供の頃の夏休みの様におぼろげに消え去りながら深閑の闇に落ちていった。
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